【河童譚】

 おい、何やってんだよ、やめとけって……。
 池に石を投げるのはやめろ……水切り大会じゃねえよ、どうでもいいだろそんなの……。
 あのな、おい、別におっさんは池が汚れるとか、そういう事を言いてえ訳じゃねえんだ……え? いや別にここはおっさんの池じゃねえよ。じゃあ関係ないだろって、関係ないことはねーだろ生意気だな最近のガキは……。
 池に石を投げるのが、何でいけないか教えてやる。池にはな、いるんだよ。
 何がってお前、あれだよ。河童だよ。
 こら、笑うな笑うな……ほんとだって、こういう池には河童がいるんだよ……。
 あれだろお前ら、河童って言うとマンガやなんかに出てくるような、ちょっと間抜けでかわいい河童のイメージしかねえんだろ。
 違うからな、本当の河童は……もっとずっとおっかねえんだからな。
 何で知ってるのって、そりゃお前、会ったことあるからだよ。
 ちょうどお前らくらいの餓鬼のころだったかな。俺と友達と二人でよ、近所の池に遊びにいったのよ。ザリガニ釣りかなんかだったけか。ちょうどここみたいに、一面が緑の藻に覆われたでっかい池でな。俺たちはよくそこで遊んでたんだ。
 いつものように池のふちまで行くと、友達がそこで何かを見つけた。
池の真ん中によ……黒っぽくて、てっぺんだけが白いボールみたいなのが浮かんでたのよ。
 その時に、何かおかしいと気がつくべきだったのかもしれねえ。普通ボールならさ、水面が揺れるにあわせてプカプカ浮いたり沈んだりするもんだろ? だけどそいつは、浮き沈みひとつせずにじっとしてたんだ。
 不気味だと思ったよ。だけど友達は面白がって、石を拾うとそれに向けて投げ始めたんだ。何投目かで石はそれに命中し、鈍い音を立てた。
 その瞬間、じっと見ていた俺は気がついたんだ。それはボールなんかじゃなかった。黒い二つの目がこっちをじっと見てた。
 それは顔だったんだ。誰かが、水の下から顔半分だけ出して、岸の俺たちをずっと見つめていたんだ。大人でも足のつかないような、深い池の真ん中で。
 石をぶつけられて、そいつは瞬きを一つすると、とぷんと水の中に沈んでしまった。沈む一瞬前、そいつは目だけでにやりと笑ったように思えた。
 友達は、それが顔だとは気がつかなかったらしい。俺が見たもののことを話しても半信半疑といった様子だった。その日は結局、それで終わったんだ。
 だが、それから数日もしないある日に、俺たちは学校のプールに泳ぎにいったんだ。今でもあるよな? 夏休みにさ、学校のプールが解放されて泳ぎに行くだろ。俺らの住んでたところは市民プールなんて上等なもんないからよ、みんなそこに泳ぎに行ったもんだ。だからプールには俺たち以外の生徒もいっぱいいて、引率の先生がそれを見張ってた。
 だからそれは、起きるはずのない事だったんだ。
 今でもはっきり覚えてる。隣で泳いでた友達がよ……いきなり水の中に引きずり込まれたんだ。
 友達はすぐに顔を出したが、また水に沈んで、それを何回も繰り返した。俺は最初遊んでるのかと思ったが、どうも様子がおかしい。まるで、水の中へ引っ張られてるみたいな、妙な動きなんだ。俺は水ん中に潜って、何が友達を引っ張ってんのか確かめようとした。
 正直、後悔したね。今でも時々夢に見るよ。
 そこに居たのは河童だった。友達よりも一回りは小さい河童が、友達の体にしがみついてたんだ。水草みたいに漂う黒い髪、頭のてっぺんには白い皿があった。皿っていうか、皮膚がはがれて頭蓋骨が見えてるって感じもしたけど、まあ河童なんだから皿だったんだよ、きっと。
 そいつはぎょろぎょろした目で俺を見ると、にやぁ……と笑って、暴れる友達を抱えたまま排水溝の中にずるずる消えていった。止める暇もなかったけど、そんな暇があっても俺は動けなかっただろうな、きっと。そいつの姿を見た瞬間、俺は金縛りにでもあったみたいに体が動かなくなってたんだから。
 で、友達はそのまんま行方不明だ。大騒ぎになったよ。そりゃそうだよな、溺れたってんならまあともかく、先生と大勢の生徒が居る中で、生徒一人消えたんだぜ?
 俺は最初しらばくれてたんだが、とうとう耐え切れなくなって洗いざらいぶちまけた。嘘つくなって怒られるかと思ったが、なぜかあっさり信じてもらえたな。俺は怒られることもなく、ただ、町外れの神社にお祓いに行かされた。
 今思えば、大人たちはみんな知っていたのかも知れねえな。あの河童のことをよ。だって俺がその話をした直後、その池を警察が総出で捜索し始めたんだからよ。
 底引き網には二人分の死体が見つかったそうだ。俺の友達と、もう一人は……誰だったんだろうな。まあ以前にも犠牲者がいたってことだ。
 ……………………。
 …………これでわかったろ? 河童ってのは祟るんだよ。だから石投げなんてするんじゃねえぞ、お前ら。いや、お前ら二人を見てると、昔の俺たちを見てるようでよ。おっさん黙ってられなくなっちまったんだよ。悪かったな説教なんかして。
 それからお嬢ちゃんも、ああいうときはじっと見てるだけじゃなくて、ちゃんと注意してやらなきゃだめじゃあねえか。男子ってのは女子より数段馬鹿なんだから――あれ?
 なあ、お前ら、さっきのお嬢ちゃんどこ行った?
 誰って。
 さっきお前らの隣で、お前らが石投げるのをじっと見てた子だよ。おかっぱで、白い帽子かぶった……。
 知らない?
 あれ?
 ……え。